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日本は、中庸と恥の文化。この文化圏で、個人はどう生きるべきか?

投稿日:2020年3月26日 更新日:

「軽やかに♪ 心click」管理人、小池義孝です。日本は恥の文化であるとは、国際的にも知られています。またそれと同時に、中庸を好む国民性でもあります。恥の文化と中庸を好むメンタリティーとは、実は深い部分で繋がっています。そこから、同調圧力の問題にも展開していきます。

 このような社会環境において、個人はどう生きるべきなのか? このテーマは、自身の幸福、人格形成、子供への教育など、幅広く役立つ内容です。

 

恥の文化と中庸

中庸とは

 中庸という言葉は、よく見聞きすると思います。意味としては、何となく「偏っていない中間くらい」辺りで理解されている方が多いと思います。そこで中庸を辞書で引くと、

1、『かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。また、そのさま。』
2、『アリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念。過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見してこれを選ぶことにあるとした。』(デジタル大辞泉)

 と、ありました。1の「常に変わらないこと」という意味は、知りませんでした。それ以外は、一般的にもこのような意味、ニュアンスで使われていると認識しています。

 つまり社会で一般的に用いられている中庸とは、「偏らずに調和が取れている中間こそが、善である」という概念です。場面によって、しばしば善のニュアンスは薄くなります。

日本人は、なぜ中庸を好むのか?

「和をもって尊しとなす」が根付いている日本において、中庸とは相性の良い組み合わせです。

 争いを減らすには、互いに譲り合って、勝ち過ぎず負け過ぎずの塩梅が重要です。皆でちょっとずつ我慢して、大きな不満が出ないようにする。自分の意見や要求が極端に通りはしないが、まったく蔑ろにもされない。

 こうして個人個人が互いを立て合いながら、上手にバランスを取っていく文化です。中庸はその判断と行動に「善」のお墨付きを与えてくれるもので、居てくれると有難い存在です。

 実際、中庸を取るのは、多数の人たちの賛同を得るのに手堅い方法です。皆が中庸を意識すれば、強い自己主張は必要ありません。互いに互いを思い、配慮をし合います。日本人の多くは、最初から、無意識に中庸に正解を求めようとします。

恥の文化とは何か?

 日本は恥の文化であるとは、国際的にも知られています。ルース・ベネディクト著、『菊と刀』によって、欧米が罪の文化であるのに対し、日本は恥の文化だと紹介された後、ある程度の定着が見られます。

 欧米人の倫理道徳的な規範が、「罪を犯さないこと」であるのに対して、日本人のそれは「他人様に恥ずかしくないよう」だとする、米国人視点での比較論です。二次大戦時に出版され、現在でも示唆に富むものとして親しまれています。

 罪の文化と恥の文化で、どう違うのか? については、結果的には大差ありません。何故なら他人は、善悪、美学、といった基準で見てくる存在であり、大元でまったく異なる指針が採用されている訳ではないからです。

 また羞恥心の中には、自分で自分を恥じる精神も含まれており、その自分もやはり善悪、美学といった基準を持っています。また罪悪感という概念も普通に持っており、日本人だからと「罪を犯さないこと」に意識がない訳ではありません。

 恥の文化は、自分自身の善悪や美学の判断に加えて、他人や世間に悪く思われないという規範を加えたものです。日本人は「和をもって尊しとなす」の意識が強いので、他人の評価にも敏感にならざるを得ないのです。

大失敗しない代わりに、大成功もない

 他人の目を気にする中には、「自分は中庸であるか、極端に偏ってはいないか」という意識も含まれます。

中庸を高みに置く + 恥の文化

 という組み合わせの社会では、個人と個人は常に、中庸であるか否かを監視し合っています。少しでも中心から外れようものなら、即座に「偏っている」、「極端だ」、「考え過ぎだ」といった批判を受けます。

 すると多くの決断が、中庸を軸にして行われます。多くの人たちの価値観や意見の中間を取りますので、思い切った大胆なものは選ばれ難くなります。例えば現在ある(2020年3月)コロナウイルス対策では、休校、大規模イベントの自粛要請、などに留まります。

 もしもこれを未曽有の危機と見なすなら、早期に中国全土から渡航を禁止し、必要最低限以外の外出を禁止し、とにかく人と人を触れ合わせずに感染の連鎖を止めるべきでした。

 ところがこの問題には、経済への影響、人権なども絡んできます。結果として、学校を休校にしても、大規模イベントの多くは取り止められても、満員電車は一緒。こんな中途半端な対策で、本当に効果があるのか? という形になっています。

 これで感染が拡大せずに済めば、結果論としては、中庸が正しかったという事になります。経済へのダメージも、大きくせずに済むでしょう。ただ感染を絶対に食い止めるという方向性で最善は尽くしていないので、これが仇になって大失敗になるかもしれません。

 しかし、とりあえず中庸を取るという行動指針は、基本的には大失敗も大成功もしない、ベターを高確率で取っていく戦略です。その中で、極端に振らなければ大失敗だったという落とし穴もあれば、良いところ取りで大成功になる機会もあります。

同調圧力によって秩序を保とうとする

 さて、とかく日本文化の悪いところとして言われる同調圧力ですが、実はこれには重要な機能があります。

「和をもって尊しとなす」の社会を維持するには、一人一人が周りに合わせる意識を持つ必要があります。既にお伝えした通り、中庸を取るには、皆がちょっとずつ我慢をしなければなりません。

 そこで一人だけ外れて自由奔放に振る舞ったなら、全体の秩序が乱れます。また「自分は我慢しているのに!」という不公平感が出ます。自分の我慢は、皆で平等にあるから引き受けられるものです。

 このような秩序の取り方を採用している時点で、同調圧力は避けられません。個人個人がより自由な社会では、それはそれで別の問題があります。

 ただこの同調圧力は、度々、あまりに非合理に発動されます。逸脱した個人が偉いポジションにいる組織で、その人のルールに従わなければならない。明らかなパワハラやセクハラ行為でも、飲みの場の空気を壊してはいけない。といった辺りは、誰もが大なり小なりの経験があるでしょう。

 また非合理とは言えなくても、「空気を読んで行動する」ことが常識として求められるこの社会は、それが苦手な人にとっては生き難いものです。

「和をもって尊しとなす」が行き過ぎて、間違いがあっても放置される。正そうとした者が、逆に煙たがられる。といった状況が、日本社会ではあまりに目立ちます。

 

 

 

 

この文化圏で、個人はどう生きるべきか?

 このように恥の文化にあり、中庸を重視する社会で、人はどのように生きていけば良いのでしょうか?

一歩、レベルの高い中庸を取る

 中庸を、何を基準にして取るのか? で、その中身はガラッと変わります。例えば、戦前は戦争に賛成する者が多数派でした。30年くらい前は、男なら酒くらい飲めなければ、馬鹿にされていました。同じ時代、女性は25歳までに結婚するのが当たり前で、4年生大学に進めば批判すらされました。

 こうした状況で人と人との間に中庸を取ろうとすれば、戦争を全面的に反対するのは難しいでしょうし、男は弱くても飲んで訓練した方が良かったし、進学したい女性には短大が勧められました。

 社会が成熟していない分野、あるいは大きな事件や災害などでショック状態にある時には、集団で合理性から外れています。ここで人を基準にして中庸を取ったら、中庸でさえも大間違い、大失敗になります。

 この判断を、人と人との中ではなく、価値と価値との中で行うのです。上に挙げた例では、社会が成熟してきて、人と価値とのギャップが小さくなってきました。だから現代では、人と人の間に中庸を取れば、違った結論になります。常識と合理性が一致したなら、ただそれを支持すれば良いので、楽です。

 大変なのは、まだ社会が成熟していない分野です。あるいは何かの出来事で、ショック状態で皆が大きくズラされている時です。ここで人に中庸を取らず、価値に中庸を取る者は、場合によっては同調圧力の標的にされ、バッシングされます。

 ただ人ではなく、価値に中庸を取る意識をしないと、集団での愚かさに自分も埋没する形になります。

 僕であれば、現状での動物への扱いは、あまりに酷いと考えています。そこにある苦痛を思うなら、生きるためを除いて、殺生をしてはなりません。ファッションのために皮を剥ぐ、美容化粧品の実験台にする、などは、人類が得るものに対して、奪うものが不当に大きいと考えています。

 これは人と人との間で考えれば、中庸ではありません。しかし僕自身は、価値と価値との間で考えた時には、中庸であろうと認識しています。

他人の目ではなく、自分軸で生きる恥の文化

 恥には、二つの方向性があります。

・他人に見られたり、知られたリするのが、恥ずかしい。
・自分で、自分が恥ずかしい。

 他人への羞恥心は、当然、ほとんど全員が持ち合わせています。自分への羞恥心については、もしかしたら感覚的に理解できない人もいるかもしれません。

 例えば小学校低学年で習うような問題を間違えてしまった時、誰にも知られていなくても、すごく恥ずかしい気持ちにならないでしょうか? 自分を客観的に見て、あまりにお粗末だった時に、人は自分自身にも羞恥心を持ちます。あるいは、情けないという感情かもしれません。

 誰にも見られていなくても、神仏を信じていなくても、自分の行いは、他でもない自分自身が見ています。財布を拾って、こりゃ儲けたとネコババをしたなら、その姿を見た自分はどう思うでしょうか? 少なくとも、尊敬はしないですよね。

 他人からの羞恥心で生きていると、知られなければ何をしても構わないということになります。しかし本当は、何よりも、自分が自分をどう思うかの方が遥かに重要です。

同調圧力に逆らう勇気

 学校や職場で、いじめが常態化していたとします。そこでは、いじめに賛同するか、見て見ぬフリをする同調圧力が存在します。あなたは、どうすべきでしょうか?

 ここで同調圧力に逆らったなら、自分が不利益を被るのが濃厚です。綺麗ごとを言うなら、同調圧力に屈せずに正義を貫きましょう! です。しかし不安や恐怖に打ち勝てる、強い人間ばかりではありません。相手が著しく逸脱した人間だった場合、自分の身を守る方を最優先にせざるを得ない場面もあります。

 生産地偽装や脱税など、会社内での不正も同様です。社内では公然の事実であったとしても、それを指摘できない、社外に公表もさせない同調圧力が存在します。

 社会正義を実現するのであれば、内部で解決に努めるか、内部告発などに踏み切るしかありません。しかしその代償は、社内での冷遇、解雇などです。仮に倒産となれば、他の社員とその家族をも巻き込みます。

 このように、同調圧力には報酬と罰があります。報酬は、身の安全や平穏です。罰は、バッシングや嫌がらせです。

 ありとあらゆる非合理な同調圧力の全てには、現実問題として抗えません。軽微なもの、取るに足らないものは、無視してやり過ごすのも必要です。また、人には歪みもあって当然なので、非合理を完全に矯正しようとすればパンクします。

 ですから自分に大きな不利益がなく、人として絶対に譲れない、譲りたくない部分では、同調圧力に屈しない。こういうラインで動く人が増えても、社会はかなり良くなるはずです。

 そして危険を省みずに戦うヒーローが誕生したなら、味方になる。で、もう生き方としては十分に立派です。そこで必要なのは、ちょっとだけの勇気です。

 

 

 

まとめ

「和をもって尊しとなす」の精神が根付いている日本では、中庸が好まれます。中庸には、人と人との間を取るもの、価値と価値との間を取るものの二種類があります。前者は世間の常識からは外れませんが、人が揃って間違っていたなら、中庸であっても間違えます。

 恥の文化は、羞恥心を規範にする考え方です。罪の文化との対比で語られましたが、そこに本質的な違いはありません。他人や世間も、同じく善悪や美学の基準を持って見ているからです。

 このように他人の目を気にし合い、中庸を取っていくことが推奨される社会では、必然的に同調圧力も強くなります。秩序を保つ範囲から外れた、間違った非合理な同調圧力も目立ちます。

 こうした社会にあって、個人はどう生きるべきか? 一つ一つを自分で考えて正しく価値を判定し、価値の中庸を取る。自分に恥じない生き方をする。自分に出来る範囲で良いから、実害の大きい非合理な同調圧力には屈しない。など、社会に埋没して間違いの一部にならないことです。

 

 

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