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自分らしさとは? ペルソナを演じている中に、自分らしさはあるのか?

投稿日:2019年7月22日 更新日:

「軽やかに♪ 心click」管理人、小池義孝です。自分らしさと一言で表現するのは簡単ですが、ではそもそも自分らしさとは、何でしょうか? 人の内面には、様々な顔があります。誰もが状況次第で、それを使い分けています。これをペルソナ(仮面)と言います。

 ペルソナだからと、偽物の自分ではありません。自分らしさとは何なのか? その本質に迫ります。

 

ペルソナは、こうして作られる

人の内面には、多様性がある

 多重人格を根拠に出すまでもなく、人の内面には多様性があります。努力家の中に怠け者がいたり、尊敬される博愛主義者の中に横暴で利己的な者がいたり、表面上には出て来ない、自分でさえも認識できないメンタリティが潜んでいるものです。

 人は過去の感情と精神状態を、記憶に留めています。特に苦痛に反応した感情と精神状態は、色濃く残り続ける傾向があります。それらは過去でありながら、現在進行形で動き続けています。悲しみ、怒り、落ち込み、恐怖、劣等感、復讐心、希死念慮などが内面の奥に潜み、切っ掛けがあれば表面に出てその人の精神を乗っ取ります。

 また人には、多様な欲求があります。他者から承認されたい、ゆっくりとのんびりしたい、愛し愛される関係が欲しい、他人より優位に立ちたい、他人の役に立ちたい、外見を良くしたい、モテたい、創造性のある何かがしたい……、例を挙げればキリがありません。

 こうした欲求の中で強いものが、その人のメンタリティを大きく左右します。何が強く出てくるかで、表面上の姿は様変わりします。

状況によって、推奨、許容されるメンタリティがある

 もっとも理解しやすい例は、長男長女として生まれてきたのか、末っ子として生まれてきたのかの違いでしょうか。長男長女はしっかりしていて、末っ子は甘え上手で依存心が強い。こんな話を、きっと何度か聞いていると思います。

 持って生まれた性格に、環境が加わってメンタリティが変わる一般的な傾向です。長男長女は、弟妹(ていまい)の面倒をみるのが当たり前です。子供として親に甘える立場よりも、親側の一員として家庭を機能させる役割を求められます。一方の末っ子は、甘えてワガママも言いやすい立場です。

 推奨されるメンタリティ、許容されるメンタリティによって、その人の内面形成が変わるというわけです。

 中国では一人っ子政策の影響で、子供が横暴でワガママになってしまったという話があります。小皇帝と呼ばれ、その子が大人になったらどうなるのか? が懸念されました。

 日本では、ゆとり教育の悪影響が問題になりました。優しい反面、打たれ弱く協調性に欠けると言われました。

 家庭、地域、教育、交友関係、会社など、それぞれで推奨される、許容されるメンタリティがあります。無意識に影響されて染まる、居やすいように自ら進んで適応する、許されるなら遠慮なく出していく、などして人のメンタリティは変化します。

 医者に尊大な嫌なヤツが多いのも、昔の役所に勤める公務員の態度が悪かったのも、許容されていたからですね。

無意識に役割を果たそうとする

 家庭でも会社でも、その他の人間関係でも、そこには異なる人間性が集まっています。状況に応じて、その人間関係で果たすべき役割が変わってきます。人は半ば無意識に、その役割を果たそうと誘導されます。

 ワガママな人と、協調性がある人が組み合わされば、協調性のある人が調整役に回ります。ワガママな人が空けた穴を、協調性がある人が埋めるような行動が習慣化されます。一方、そのワガママな人は明るく、ムードメーカーの役割を果たしています。これがあるから、周囲の人たちも、ある程度のワガママについては目をつぶってくれます。

 こうした役割を互いに果たし合って、バランスを取って集団は機能しています。

 ただこれは、相対的な話です。その人間関係の中で、どうなのか? で役割が変わります。社会全体から見ればワガママな人でも、そこにもっとワガママな人がいたら、調整役に回らざるを得ません。

 逆に社会全体では協調性の高い側にある人でも、そこにいる人全員がさらに高い協調性をもっていれば、許されるワガママを行使するようになります。

 僕も基本的にはリーダーシップが強い側ではありませんが、周囲でまとめる人がいなければ、積極的にリーダーシップを取りに行きます。大学時代、この違う様子を見て、友人から「まるで小池じゃないみたいだ」と言われた経験があります。

抑えられた欲求が解放されると……

 満たされない欲求であれば、最初から望まなければ良い。誰もがこうして、何らかの欲求を抑圧しています。

 ですから状況が変わって抑圧された欲求が解放された時、まるで人が変わったようになるケースも珍しくありません。謙虚で良い人だったのに、お金が入った途端に尊大で嫌なヤツになった。人が変わってしまった。こんな話は、よく聞きますよね?

 満たされない欲求が解放されるというのは、押さえつけられていたバネが解放されるようなものです。お金が入って嫌なヤツになるのは、人の上に立ちたいという欲求が隠されていたからです。

 謙虚でいるのが処世術だったわけですが、何もそれは演じられていたわけではありません。尊大になるのが許されない、謙虚でいた方が生きやすい、状況の中、そのようなメンタリティが選ばれていたのです。

 僕が見てきた中で印象深いのは、普通よりちょいと良いくらいの外見の少年が、外見の悪いグループに入ってきた変化です。グループ内の女性にモテにモテまくって、気取ったナルシストに変貌してしまいました。入った当初は、親しみやすい普通に良いヤツでした。

 

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